ミキシングにおけるマルチバンドコンプレッサーについて

2017.01.09 音系コラム

マルチバンドコンプレッサーと言えば、マスタリングで使う……というイメージが定着していますが。実はマスタリングよりも、ミキシングの方が圧倒的に「本来の用途に合った使い方」ができるプロセスだと私は考えています。

そもそもマルチバンドコンプレッサーは複雑なもので、「扱い方がよくわからないけどとりあえず使っておく」ようなものではないと思います。どうしてもそれが必要になった時に初めて選択肢に浮上する、といった類のプロセスです。
ネット上では割と雑な解説が多いなというのが本音なので、ちょっと今回は(かなり主観的ですが)このマルチバンドコンプレッサーなるものとの付き合い方について触れてみようかな、と。

今回はコラム系の記事ですが、音とかは無し。比較するような場面もあんまりないものですし……。

マルチバンドコンプレッサーとは

まず、マルチバンドコンプレッサーとは何かについて考えてみましょう。
大雑把に言ってしまえば 帯域ごとに異なる設定で掛けることができるコンプ ですね。もうちょっと掘り下げてみると、 HPFとLPFで特定の帯域を抜き出してコンプを掛けることができるもの の集合体です。 HPF+LPF > コンプ > 合算 の順番で、コンプレッサーはHPFとLPFで抜き出した特定の帯域にのみ反応し、その特定の帯域にのみ掛かります。
そういう意味ではナローバンドなディエッサーや、ダイナミックイコライザーもマルチバンドコンプの一種と考えることができますね。

さて、ここで注意。HPFやLPFは、掛けるだけで位相を結構汚してくれます。当然、そういった処理を行った複数の音源を合算することになるので、リニアフェイズ処理をしていないと大変なことになります。市販のほとんどのマルチバンドコンプはリニアフェイズで処理していると思うのですが、WavesのC4とC6は多分リニアフェイズ処理じゃないですね。なので、スレッショルドを下げていなくても通すだけで音色は変化すると思います。

マルチバンドコンプのメリットとデメリット

マルチバンドコンプのメリットといえば 特定の帯域にのみコンプを掛けることができる という点。一番イメージしやすい場面としては、特定の母音の時にのみヴォーカルの特定の帯域が持ち上がって目立って聞こてしまう時。ヴォーカルさんの声色や歌い方によって異なりますが、そういう場面は非常に多いと思います。
EQにオートメーションを書いてその特定の帯域を、特定の母音の時にのみカットするようにする……そんな技法もありますが。他にもいっぱいやることはあるのに、いちいちオートメーション書いてたらいつまで立っても終わらないですね。そんな時にこのマルチバンドコンプ(もしくはダイナミックイコライザー)。その特定の条件下でのみ特定の帯域でのみコンプが動作するようにスレッショルド等を設定すれば、EQにオートメーションという面倒な作業を自動化することができます。
ディエッサーも歯擦音にのみ反応するダイナミックイコライザーと考えれば、やろうとしていることは全く同じです。

デメリットは何かと言いますと、特定の帯域にのみ動的(ダイナミック)なプロセスが加わることで、その音色本来のエンベロープは大なり小なり影響を受けてしまうということです。 特定の帯域でのみ動作する 設定ならほとんど気にならないと思いますが、どのバンドもバイパスせず、全バンドで個別にプロセスされるような設定になっているとこの影響は顕著です。

個人的には、マルチバンドコンプを全バンド同時に使うということはあまり推奨しません。
まず、そのトラックにコンプが必要なのか。次に、特定の帯域にのみ掛かるコンプを3バンドから6バンド程度、どの帯域にも別々の処理をしなければならない理由があるのか?これらを考えた上で、「その必要がある」と判断した場合にのみ全バンド動作するような設定にするべきでしょう。

マルチバンドコンプが複数バンドに分かれているというその特性から、EQのように扱う人も多いようですが。それはQの広いEQで十分代用可能なので、わざわざマルチバンドコンプのような複雑な構造のプロセッサーを持ち出す必要はないでしょう。むしろ、その構造がデメリットになることの方が多いかと。

実際に、私がミキシングでよく使う場面

先ほどの例に上げたようなヴォーカルへのアプローチはもちろんのこと、メタル系のギターでブリッジミュートした時にのみローミッドが異様に持ち上がるのを防いだり、音階によって出方が異なるエレキベースの低域の暴れを抑えたり。他にも、本来ならEQでやるような場面もダイナミックイコライザーで処理することが増えてきました。
あまり理論的な説明ができないのですが、EQだと「常にその帯域がカットされ続けている音色」に聴こえるのに対して、ダイナミックEQだと「カットされているのではなく元からその量感であるかのような音色」に聴こえる、という感覚があります。
他には……これも自分なりのセオリーなのですが、減衰音に対しては単純で静的(スタティック)なEQ処理を、持続音に対してはダイナミックなプロセッサーを使って棲み分けをすることが多いです。何となく、減衰音はEQでもあまり違和感がない気がするんですよね。

これはやめておいた方がいい、という場面

マスタリングで使うのは正直なところ、止めておいた方がいいと思います。
まず、個人制作でミキシングも自分でやっている場合。こういったマルチバンドなプロセスを使わなければならない場面というのは、ミキシングまで戻るのが正解。締め切りまで分刻みのスケジュール、というほど切羽詰まった状況なら使わざるを得ませんが、そもそも個人制作ではそんなスケジュールにならないように常に気をつけるべきかなと。
ひとからの依頼でマスタリングする場合でも、やはり止むを得ず使うという場面以外で積極的に選択するツールではないと考えています。マルチバンドコンプを使うということは、2mixの帯域バランスに修正しなければ形にならないほどの問題があるという意思表明である、というのは忘れないでいて欲しいなと。マルチバンドコンプが動作するたびに帯域ごとのバランスが変化するということでもあるので、2mixで表現しようとしたものは少なからずスポイルされることになります。

同様に、バスなどにまとめてマルチバンドコンプを掛けるのはなるべく止めておいた方が良いのではないかなと。トラック単位でもっと細かく詰めた方が、最終的には自分のイメージする音に近付けられると思います。
あとは既に書いた通り、「全バンド動作させる」ような設定は、どうしてもそうしなければならないという理由がない限りはやるべきではないでしょうね。

棘のある余談

そういえば、コンプの前にEQで特定の帯域を突いて、コンプの後で下げると(マルチバンドコンプと)似たような効果が得られる……とか書いてる記事も以前は見掛けましたね。まず、そもそもそのコンプを掛ける音色の帯域バランスがどうなのか、EQで突くとそれがどのように変化するのか、それに対してコンプがどのように動作するのか……このあたりを冷静に考えてみれば、そんなのはまったくのデタラメだというのが理解して頂けるのではないかと思います。

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