自主制作のマスタリングについて考えてみる

2017.01.12 音系コラム

世にマスタリング全般を扱う記事は数あれど、それが「マスタリングエンジニアとしての視点から書かれている」のものなのか、それとも「自分の曲を自分でミキシング、マスタリングするつもりで書かれている」のかが曖昧なことが多いので、ちょっと書いてみる。
マスタリングエンジニアのプロとしてマスタリングについて語るのとはまたちょっと違った視点から、自分の曲を自分で混ぜて自分でマスタリングするという自主制作で多いパターンについて考えてみました。

今回の記事で言うマスタリングという言葉の意味

複数人のミキシングエンジニアが携わっているアルバムやコンピレーションアルバムのマスタリングのことは取り敢えずスルーして、自分で作った1曲をマスタリングするという視点で書きます。所謂プリマスタリングの工程ですね。それも、他の曲との調和のことは今回は無視して考えます。

まず、マスタリングとミキシングについて

(プリ)マスタリングでできることは、ほぼ全てミキシングでできる。私の持論です。LとRの2つのモノラルファイルしか扱うことのできないマスタリングでできることは、全てミキシングでもできること。さらに言うと、ミキシングの段階ではもっと細かく詰めることができるはず。
マスタリングでやることは、ミキシングでやる必要のないこと。それと、ミキシングの段階でやるべきではないラウドネスコントロール。この2点だけかなーと。
音色の加工やボリュームバランスについては、「マスタリングの段階で止むを得ずやらなければならない特別な理由がある」時以外に触れることはまずないです。

マスタリングの順序

私が普段、自分の曲をマスタリングする時の手順で解説してみます。

  • イコライジング(エンハンスのプロセスを含む)
  • コンプレッション
  • マキシマイズ
  • リミッティング
  • 曲間調整、フェード処理
  • ディザ処理

だいたいいつもこんな感じ。マキシマイズの後にリミッティング……?と思う方も多いかと思いますが、後の記事を読んで頂ければどういうことか理解して頂けるのではないかなと。

イコライジング

マスタリングでのイコライジングは、その必要がない限りは最低限のことしかしていません。その最低限のことというのは、「後段のダイナミックプロセッサーへの過度な負荷を防ぐ」ことと、「ミキシングの時点で深く詰めていない2mix全体のローエンド部の処理」の2点。
中域と高域には基本的に触れません。その2箇所に触りたくなってしまったらミキシングまで戻ります。

「後段のダイナミックプロセッサーへの過度な負荷を防ぐ」というのは、20〜40Hz前後の超低域が持つエネルギーがその後のダイナミクス系プロセスに過度な影響を与えることを防ぐのが目的。
「ミキシングの時点で深く詰めていない2mix全体のローエンド部の処理」は、同じく20〜40Hz前後の超低域に関してはミキシングの時点ではがっつり詰め切ることが少ない(+2mix全体の超低域の印象をミキシングの段階で整えようとするのは割と無駄な作業)ので、そのあたりをトータルEQでちょうどいい所に落とし込んでやろう、というのが私の狙いです。もちろん、各楽器ごとの重心の位置の調整自体はミックスの段階で徹底的に詰めておきますが。

どちらも大抵、30Hz〜40Hz前後にHPFを入れれば解決します。HPFを入れることによって低域の量感が物足りなくなったなぁと感じた場合にはHPFより少し上の位置、キックのアタック感を強調できるあたりの箇所を狙って僅かに0.1〜0.5dBほど、ピークで突くことが多かったです。が、最近はEQを使わずに、超低域のみマルチバンドエンハンサーで若干歪ませた音を薄っすら混ぜる、というやり方をすることが多いです。

M/S処理もマスタリングではまず行いません。2mix全体を処理するよりも、ミキシングの段階で必要なものにだけ狙いを絞ってM/S処理したほうが圧倒的に良いですから。
M/S処理に限らず、マシンスペックが貧弱だった時代は2mixにしか使えなかったノウハウが、今ではミキシングでも容易に選択できるようになっています。繰り返しになりますが、「マスタリングでできることはほぼ全てミキシングでできる」のです。

EQ自体は無色透明なもの、DMG AudioのEQualityを使っています。HPFの掛かり方が理想的で、これ以外のEQは考えられません……。ミキシングでもマスタリングでも使えるので便利ですね。

コンプレッション

2mixに掛けるコンプは非常にデリケートです。アタックの早い(=アタックを潰してしまう)コンプは避け、さらにプロセス結果で音を上書きしてしまうのを避けるためにパラレルで掛けています。マルチバンドコンプは前回の記事で書いた理由から、使うことはありません。
できればピークコンプよりもRMSコンプの方が、デリケートなトランジェントにダメージを与えないので良いですね。少しパンチのある音が欲しい場合はピークコンプでも、Opto系などのアタックの遅く、掛かりの甘いコンプの方が良いかと思います。

私が好んで使うのは、TK AudioのBC1mkIIです。所謂SSLのバスコンプのクローンですね。今はBC1-Sという名前にモデルチェンジしているようです。
アウトボードなのでちょっと個人が持つにはやや高価ですが……。ですが、エンベロープカーブの鋭い音色であってもトランジェントをしっかり維持できるという点で評価してみると、手持ちのプラグインでは満足できるものがありませんでした。
アタックは開け気味。極端に開け切ってしまうとまた音色が変わったように聴こえてしまいますが、30ms前後が個人的にはちょうど良いかなという感じです。リリースはオート。サイドチェインのHPFを入れた状態で、Dry音に対して40%くらい混ぜる設定でいつも使っています。

……さて、2mixに対してコンプレッサーは本当に必要なのでしょうか。実は拙作「Soundtrack Of The Fairy Tale」では一切トータルコンプを使っていません。あのアルバムは最初から「音圧は低くする」という意図を持って楽曲制作やミキシングを行っていたので、わざわざトータルコンプで2mixのダイナミックレンジを狭める意味はないと判断し、ダイナミクス系はわずかなリミッティングのみに留めています。
このように、2mixに対するコンプレッサーも「その必要がない」と判断したのであれば使う必要はないかと思います。

マキシマイズ

マキシマイズは一段階よりも複数段階に分けたほうがディテールを残しやすいと私は考えています。なので、マキシマイズと(トゥルーピークも含めた)リミッティングは分けて考えることにしています。
トゥルーピークリミッターの前段にはクリッパーを使うのが一般的です(少なくとも、海外では)。クリッパーというと歪ませるもの、クリッピングするものというイメージが付きがちですが、クリッパーの中身は「アタックもリリースも早いがソフトニーなリミッター」です。オーバードライブやディストーションの類や、ダイオードクリップのような処理とは厳密には異なります。このニーの値を調整することでアタック感をどの程度重視しどの程度の固さのサウンドにするのか、を調整しています。
私の場合、この段階ではがっちり音圧を詰め切ってはいません。後で最終的なリミッターを通す前提で、どちらでどの程度リダクションするとバランスよく仕上がるのか、を試行錯誤しながら負荷を分散しています。

クリッパーはIK MultimediaのClipperがメジャーですね。私はもっと透明感のあるKazrogのKClipを好んで使っています。

リミッティング

最終段のリミッティングは、まずトゥルーピークをしっかり押さえこめることを前提にリミッターを選びます。数年前に色々とマスタリング用のリミッターを試してみたのですが、最終的にiZotopeのOzoneのMaximizerがアタック感を維持するという点では頭一つ分飛び抜けているなと思い購入しました。当時はAdvanced版でしか使えない機能の効果が大きかったので泣く泣く高い方のAdvanced版を買ったんですが、最近は無印版でも当時の追加機能が使えるみたいですね……?

この最終段のリミッターに関しては、あまり言うことがないですね。マキシマイズ目的でぐいっとスレッショルドを下げたりはしないので。クリッパーで全体的なピークをなだらかにしてから、最終段のリミッターで音色にあまり影響の出ない範囲で細かいピークを削るという感覚。
ちなみにこの段階では32bit floatで書き出しています。DAWの解像度に合ったフォーマットを選択するのが一番でしょう。

曲間調整、フェードインやフェードアウト

これも大事なことですね。私は結構淡々とやってしまうのですが、次の曲に何秒で繋ぐか?というのを意識しながら何度かやってみると、自分の好みがわかってくると思います。
もちろん、調整した後はフェードイン、フェードアウトをお忘れなく。

ディザリング

言うまでもないですが、24bit以上のビット深度から16bitに落とす時にはディザを咬まします。それは常識として持っている人が多いと思うのですが、ではフェードインやフェードアウト処理は……?もちろん、32bit floatです。
なので、曲間調整やフェードインやフェードアウト処理まで終えた段階で初めてディザを掛けることをお勧めします。

仕事としてのマスタリングと、自分の曲のマスタリングの違い

ここまで書いてきたのはほとんど全部、自分で混ぜた曲のマスタリングをするという前提で書いています。これが、他の方がミックスした曲をマスタリングするとなると色々変わってくるでしょうね。私はあまり、他の方の曲のマスタリングはしていませんが。
ミキシングエンジアとマスタリングエンジアという二つの異なる視点から2mixを見ることで、初めてマスタリングエンジアが専門の職人として成り立つのだと思います。音色の操作ではなく、ミキシングエンジニアの視点で気付かなかった問題をこっそり解決する、という意味で。
なので、自分でミキシングして自分でマスタリングするということは、マスタリングでは音色にはほぼノータッチが理想だと私は考えています。マスタリングで問題を見つけてしまったら、時間の許す限りミキシングまで戻って解決したほうが良いでしょう。

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