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コラム:HR/HMのギターのミックスとM/S処理の活用

2021年01月23日2023年09月30日音系コラム

歪んだギターの壁が左右にそびえ立つHR/HMは、あらゆる音楽の中でもミックスの難易度が高いジャンルのひとつだと思います。 ただでさえ音数が多いのに、左右の帯域リソースを歪んだギターが埋めてしまうので、真っ当なやり方で棲み分けるのはほとんど不可能に近い。

今回はそのHR/HMのギターを私がどんなやり方で混ぜているのか、このジャンルのミックスではマストで習得しなければならないM/S処理を中心に、動画も交えて解説します。

話のストックがないので、山の話は緊急事態的なアレが終わるまでは書けません。
山サイトなのに……

トラック単位でやる処理

ノイズゲート

いきなり解説から入ってきますが、まぁノイズゲートに関しては適当に。
丁寧に波形をスライスするのは手間なので、無音部のちょっとしたノイズが消せていればなんでもいいです。
ハイゲインアンプの場合は、これに加えてアンプの前でもノイズゲートを掛けておいた方が後の処理が楽になりますね。

素の音はこんな感じ、という感覚で聴いてもらえればと。

ブリッジミュートした時の低域を抑える

Oxford SuprEsserを使って、ブリッジミュートしている時だけ特定の帯域にコンプを掛けます。
有名な、所謂Andy C4セッティングですね。
ブリッジミュートした時の低域の膨らみを抑えるのが目的なので、私の場合、それ以外のフレーズではリダクションしないように調整しています。
曲中にブリッジミュートするフレーズが出てこない時は使いません。
EQとして掛けるわけではないので、リダクションしていない時は音色を変化させないのが基本。

SuprEsserがなくても、リニアフェイズなマルチバンドコンプで代用できます。
Andy C4というくらいなのでWavesのC4が有名ですが、あれはリニアフェイズで帯域をスプリットしていないのでお勧めしません。

ダイナミックEQで他の楽器と棲み分ける

静的なEQでも別にいいんですが、静的なEQだと「常に同じ量のリダクションが掛かり続けている」状態。
それだと奥に引っ込む印象があって個人的にあまり好きではないので、基本的にDynamic EQで形を作っていきます。
掛かりっぱなしになるようにセッティングしてるので、静的なEQでも大差ないと思いますが。

コツはQを広く取ること。
ノッチフィルター的なQの狭いEQは、触ったところの近くの帯域が目立って聴こえてくるので、ギターに対しては基本的に使ってません。

どこを狙うかは好みに応じて……という感じ。
他の楽器の邪魔になる帯域をカットしていくことになると思うので、他の楽器を聞かないと何とも言えません。
ですが、主にギターが邪魔するのは主旋律とリバーブ成分になると思います。

Qが広いので全帯域に掛かってるように見えるかもしれません。
そう見えるならきっとそうなんだと思います。

静的なEQなら、LとRまとめて掛けて問題ないですね。
Dynamic EQの場合は入力音量に応じて得られる効果が変わるので、トラックごとに掛けないとダメ。

その他

基本的にはこれだけ。これだけで済まない場合は録り直した方が早いです。
そこまで録り音を追い込むのが一番大事。
最近はKemperとかがあるので、何も考えなくていいのが楽ですね。
私は自作のRigを使っています。

M/S処理

M/S処理でやること

ミックスでやることには全て理由がないといけません。
ゴールの見えないやり方でM/S処理をしても、期待するような効果を得るのは難しいんじゃないかと思います。
というわけで、まずはゴールを定めないといけませんね。

HR/HMのミックスで一番ネックになるのは、最初に書いた通り左右のギターの壁。
休符以外のタイミングでは常にあらゆる帯域を占有してしまい、他の音が入り込む余地を残さない史上最悪の楽器です。

しかしHR/HMである以上、そのギターの壁の存在感はしっかりと残しつつ、他の音が入り込む余地を作らないといけない。
もちろんEQだけでもある程度の隙間を作ることはできますが、充分ではありません。

そんなわけで、ギターのM/S処理におけるゴールは、存在感は残しつつ他の音が入り込む余地を作ることです。
無茶難題ですね。

ギターにM/S処理をする時のモニタリング

具体的なM/S処理の前に、まずはモニタリングの仕方について。
ミックスでM/S処理をする時は、トラックをソロで鳴らしてモニタリングするのは厳禁です。

ソロで聴いていると、定位感を把握するのが非常に難しい。
ソロで鳴らしていると「弄れば弄るほど定位感が失われて中央に寄っていくように聴こえる」んですが、実際には他の楽器も加わるとそうではなくなってくるので。
このギャップはヘッドホンやイヤホンだと特に露骨に出てくると思います。

特にHR/HMのギターは左右に振り切った状態で鳴らすので、それと対になるように、センターで鳴る楽器と、あとは左右のリソースをいっぱい使う楽器も一緒に鳴らしながら確認していきます。

というわけでここから先は、ドラムとベースも一緒に鳴っている状態で撮っています。
幸いこの曲はイントロが左chのギター1本、そこからベースが入ってドラムが入るという展開。
M/S処理をした音に他の楽器が加わると聴こえ方がどう変化するか、というのも参考にしながら聴いてみてください。

マルチバンドステレオイメージャー

ここから先はあくまで私がよくやる一例でしかないのですが、具体的な処理の解説に入ります。
まずはマルチバンドステレオイメージャー。いきなりギターのM/S処理の核になる処理から入ります。
ここでやるのは完成形を見据えてギターが居ていい場所と、ギターが邪魔してはいけない場所を分けること。

まずはギターの居場所を確保したい。
中央付近の低域にはキックとベースとスネアがいるのでやや混雑してますが、幸い左右の端の方にはギターの他に鳴る音は多くない。
シンバルの下はカットしてしまいますし、タムは打楽器なので音量さえ出ていればギターにも負けません。
ここはギターの居場所を作るチャンス。ローミッドのあたりかな、がっつり広げていきます。

次に、他の音が入り込む余地を作りたい。
中域はありとあらゆる楽器がひしめく過密エリア。
ギターのこのあたりの帯域はとにかく目立つ上に、中域のSide側にはリバーブ成分も居ます。
なのでギターのハイミッドには、ちょっと真ん中に引っ込んでもらうことにしましょうか。

そして、上に行くにつれて窄まっていくような音像にしないために、中域を引っ込めた分、高域は少し広げてやることにします。
HR/HMでは意外と混雑してないし、ちょっと広げてもあんまり問題にはならないエリア。
Side側を強調すると、ちょっとざらついた感じのクリスピーな音になりますね。
まぁ高域は割と適当なんですが。

アナライザー映してると動画がすごい汚くなっちゃうので変えてしまったのですが、実際に私がやっているセッティングはこんな感じです。
後述するHPFやLPF、EQと合わせて初めて完成するものなので、このセッティング単体で掛けてもイマイチかも。

フィルタリング

ギターにHPFとLPFは必須です。
Side側の低域がダダ漏れだと締まりが悪い音になるので、HPFの位置はSide側を少し高めに設定しておきます。
高域は適当です。個人的な感触として、MidよりもSide側を少し高めに設定しておくと収まりがよく感じるかな。

EQはDMG AudioのEQualityをずっと使っています。これ以外を使う気が起きないくらい。
M/S処理もできるんですが、Mid専用機とSide専用機の2つを用意しないといけないのがちょっと面倒かな。
今回の動画では左がMid、右はSideを担当しています。

M/SでEQを掛ける時は絶対にリニアフェイズEQを使ってください。
なぜそれが必要なのかは以前書いた記事を参照。

https://www.crowsclaw.info/archives/351

M/S イコライジング

M/S EQは音色を変えるのではなく、特定の帯域の密度や広がりをピンポイントで制御するのに使います。
ステレオイメージャーで作った形を整えてやる感じ。
ハイミッドの密集地帯に一箇所、Side側の隙間を作ってやることで空間表現ができる帯域を確保。
ローミッドは主旋律やスネア、ベースが集まる帯域にMid側の隙間を作って主要な楽器の居場所を確保しました。

ギターのM/S処理のコツ

M/S処理というと左右に広げて真ん中に隙間を作りたい、っていう意識が先行しがちですが。
ギターの場合、意外とポイントになるのはSide側を狭めてやることだったりします。
Side側には実音以外の残響成分などが多く居るので、そこがギターで埋まると一気に空間が狭くなります。

しかし他の楽器に応用が効くかというと……(笑
ギター以外でM/S処理を積極的に使う場面はあんまり思いつきませんね。

M/S処理といってもM/Sコンプは使いません。使うと死にます。
理由は以前書いた記事を参照。

https://www.crowsclaw.info/archives/343

締めの一言

こういう具体的なミックスでのM/S処理のTipsはほとんど見かけないので、未だに答え合わせができていないのが現状。
ですが、私はこの手法でようやく自分なりに納得できる音が出せるようになったので、たとえ正解とは違っても別にいいかなと。
正解の数はひとつではないですが、Andy SneapやAdam Dutkiewiczあたりが好んでこの音像を使ってる印象。

初心者の方からすると、ちょっと難しい視点で考える部分が多いかもしれません。
ですが、ちゃんと理解して効果的にアプローチできるようになれば、M/S処理をミックスに導入するメリットは大きいです。

M/S処理は音像や定位が崩れると言われることも多いですが、そもそも音像も定位も崩すのが今回の目的。
それさえ理解してさえいれば派手に間違えることはないんじゃないかなと思います。

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